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『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』感想2014-05-05(Mon)

 なんか、ジャンプ感想なんてもう一年くらい書いてないんですが、それでもこのまま死んだブログにするのもなあと思うので、リハビリも兼ねてレビューを書いてみます。
 当然ネタバレ注意。














 一言で言うと、微妙でした。期待外れと言ってもいいかも知れない。
 この映画、つまらない作品では無いと思います。笑えるし、テーマ性もハッキリしているし、最後は泣ける。むしろそれなりにいい映画だったんじゃ無いでしょうか。
 ただ、僕が映画を見る前に期待したテーマと実際のテーマの間にズレがあった。

 僕がこの映画を見に行こうと決めたのは、予告で「ロボとーちゃん=ロボになってしまったとーちゃんでは無い」と示唆する場面があったからで、つまり「野原ひろしの人格を持ったオリジナルと偽物(ロボとーちゃん)がいる」と考えたからです。そして実際、劇中ではそのような展開(ロボとーちゃんはとーちゃんの記憶を移植されたロボットで、本物は本物で別にいる)になっていました。

 ここで僕が期待したこの映画のテーマは「コピーされた人格は自分をどう考えるのか」ということです。我々はどうあっても主観で物を見ています。自分の記憶や思考、性格は自分を自分たらしめるアイデンティティ、かけがえのないもの、そう考えられています。
 しかしもしも自分の人格も、自分が築いたと思っている周囲との関係性も、全てオリジナルのお下がりだとしたら、そのとき「自分」はいったいどこにあるのか。
 実に恐ろしい話だと思います。「自分」という人格の根幹にある認識を世界は否定してくるのですから。

 映画の中でも、この問題には当然触れられていました。
 敵に捕まっていたオリジナルのとーちゃんが救出され、野原一家に戻ってきた時、ロボとーちゃんとオリジナルは互いを「偽物」として争います。
 客観的に見れば「偽物」というか後発はロボとーちゃんで、彼自身もそこはわかっていたのでしょうが、それでも彼の主観では「自分が野原ひろし」というのは疑いようの無い事実なのです。

 僕の理想はこの矛盾を矛盾のままに描き切ってくれることでした。
 ただ、そうはならなかった。

 映画の終盤、敵との戦いで修復不可能なダメージを負ったロボとーちゃんはオリジナルに腕相撲で勝負を挑みます(腕相撲はこの映画では象徴的に使われていて、どちらのとーちゃんもしんちゃんと腕相撲をしてやっていました)。
 元々のスペックで言えば生身の人間であるオリジナルに勝ち目は無いのですが、ロボとーちゃんが停止寸前なこともあって勝負は拮抗します。

 勝負を見届けるしんちゃんが叫びます。――「とーちゃんもロボとーちゃんも頑張れ!」

 みさえは「あなた! 負けないで!」と。

 後者の言葉に、ロボとーちゃんは脱力し、オリジナルに勝ちを譲ります。そして家族を託し、皆に見守られながら息を引き取るのです。


 普通にいい話だと思います。ロボとーちゃん(≒野原ひろし)のキャラクター的にも、ここで勝ちを譲るのは至極当然でしょう。
 ただ、僕の期待に反して、ロボとーちゃんの選択は言外に「自分は野原ひろしに及ばない」と認めた証拠でもあります。
 みさえは中盤、オリジナルの野原ひろしが救出された際、それまで「夫」として接してきたロボとーちゃんの横を素通りしてオリジナルに抱きついています(その際、「あなた」と叫んでいました)。
 この行動は当然とも言えますがある種身勝手でもあり、残酷でもあります。
 最後の応援も、自覚があったかは怪しいですが、「あなた」はオリジナルを指していたのでしょう。

 しんちゃんの「とーちゃん」がオリジナルとロボットの両者に向けられているのに対して、みさえはそうでは無いのです。
 自分はしんのすけの「とーちゃん」でいられるかも知れないが、みさえの「あなた」にはなれない。ロボとーちゃんが勝ちを譲ったのは、自分が間もなく死ぬということ以上にその諦念が大きいのでしょう。

 繰り返しますが、僕はこの結末は当然だと思います。ロボとーちゃんの性格からして当然です。みさえの言葉も残酷ではありますが当然で、しんちゃんが平等に両者を応援出来たのは彼が子供だから、あるいはそういう人間だからでしょう。
 しかし、オリジナルとコピーという題材を用意したなら、コピーが自ら折れるようにして欲しくは無かった。その不満もあるのです。
 じゃあどうするんだ。ロボとーちゃんがオリジナルを追い出して野原一家のとーちゃんを続けるのが見たいのか、と言われれば素直に頷けませんが、しかしそれに近い気概は見せて欲しかった。人類が主観の集合で客観なんて存在しない以上、二人はどちらも本物なのですから。
 しかし、実際にそうした展開にすれば、野原ひろしのキャラクター性から大きく外れることも事実で……。
 多分この映画のテーマは「野原ひろしという人間」で、彼が家族のために頑張るキャラクターである以上、僕が期待する「エゴとエゴの対立」は食い合せが悪かったのだろうな、と色々考えて思いました。


 後、テーマとは別に関係ないんですが、昔は楽しんで見ていた「クレしん映画」的なノリを今は割りと寒いと感じてしまったのも、評価を幾らか損ねている気がします。そこはちょっと自分が嫌。




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旭タイムズ 『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』感想
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